聖霊をいくら与えられたとしても、自分は凄くはない。あくまで神様からいただいたものだから。

今朝、明け方祈っていても中々深く入りませんでした。

自分は何をしているんだろうかと悲嘆にくれて、聖霊ばかりを求めている自分がそこにはいました。

その時に、ふと御言葉でラプトさんが「聖霊を受けても凄いわけではない。それは、神様がくれたものだから」と仰っていたことが頭に浮かびました。

2021年1月20日(水)【御言葉】四本の信仰の柱(祈り、御言葉、賛美、伝道)の重要性について ※今は残念ながら、youtube側から消されていると思います。

それで、自分に置き換えたときに、ある夫婦がいて、父が一生懸命働いてきたお金を家に持って帰ってきた時に、その妻がそのお金をあたかも自分が稼いだもののように振る舞っているものと全く同じだと思い、全くの筋違いな事を自分は一生懸命していると思いました。

あくまで聖霊を下さるのは神様で、どんなに与えられても高慢にはなれません。

また聖霊を下さらないのも、何かが間違っているから、神様を喜ばせられていないから。

落ち込む必要はない。答えは出ているのだから。

2023年4月27日(木)
サタンの支配する時代が終わったということは、非真理が支配する時代が終わったということだ。だから、人々はこの世に溢れる非真理を非真理だと気付き、何が真理であるかを分かって、真理を追い求めるようになるだろう。(人はただ真理を知れば、それだけで幸福になれる。)

落ち込むのは、人それぞれあると思いますが、自分の場合は、自分の思い通りにやれないという、部分的に、御言葉を受け入れたくないという気持ちがあるから。

後は、どれだけ信仰を持って、救われたことに対して感謝し神様のために走り続けるかなのだなと感じている毎日です。

2023年7月6日(木)
神様は私たちの抱えた問題をすべて解決してくださるし、私たちの願いをすべて叶えてくださる。この信仰を持った人だけが、神様の御言葉に従って、実際にすべての問題を解決し、すべての願いを叶えて生きていく。この信仰がない人は、御言葉に従わないので、何の問題も解決せず、何の願いも叶えられない。

2023年7月13日(木)
御言葉に出会えるように導かれ、救われたことへの感謝が尽きない人が、神様への愛が尽きることなく、神様に近付き、神様と愛を成し、神様と共に御心を成すために、最後まで自分の限界を突破しつづけることができる。

一日も早く、毎日を満足した日々が送れますように。